カヤック遠征、こんなこともしました #9
映像に映っているのは、僕ではなくてパートナーです。
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日本最後の原始の川、別寒辺牛川(べかんべうしがわ)。
別寒辺牛とはアイヌ語で、菱の実の成る所。
カヌーガイド本に載っている日本のあちらこちらの川を下ってみた。最初のうちは楽しかったが、そのうち何かが違うと感じ始める。そう、たとえ深い山々に囲まれた四国の四万十川を下ってみても、川の周りには道路があり鉄道があり畑があり民家があり、そして護岸されていた。
生きている川を下りたい。
衛星写真を見始めた。日本の何処かに手付かずの川はないだろうか。数日以上かけて下れる、源流から河口まで自然のままの姿を保った川が。
ところがいくら探しても見つからない。北海道でも見つからない。
唖然とした。初めて知った事実。日本の川はみな、人の手が入っている。
それでも諦めずに隈なく探していたら、北海道の東に別寒辺牛川を発見した。衛星写真には道路も鉄道も畑も牧場も民家も写っていなかった。カヌーで下れるような川なのかどうか、写真からは見分けがつかないが、源流近くに国道のアーチ橋が架かっているから、ここからアプローチできそうである。面白そうだ!
それがこの川との出会いであった。
この川は、生きている川。自由気ままに岸を削り、刻一刻とその姿を変えながら、くねくねと、180度ターンどころか270度ターンを右に左に繰り返しながら、蛇よりも深く、うねり流れている。動き回る川の残像として、三日月湖があちらこちらに置き去られている。
岸に生えた樹木は根こそぎ水に削り取られ、川へと倒れ込み、至る所で流れを塞いでいる。カヌーで川を下れば、1日に10回は、倒木の上にカヌーを引きずり上げて超えるか、倒木の下を潜らせて超えなければならない。
水中にはイトウが住み、水底には川真珠貝が群れ、岸には谷内坊主が生え行者ニンニクが群生し、丹頂鶴が巣を作り、熊鹿狸狐が歩き回る。
カヌーからの視線は低い。川に息づく生命と同じ視線になれる。岸から見下ろせば僅かな護岸であっても、小さな生命が移動する道は閉ざされてしまう。この日本最後の原始の川は、水中も川岸も、まさにここから生命が生まれた、命溢れる泉である。