くっきりと残る足跡を辿って、川岸に沿う獣道を進んだ。ベカンベウシ川は、湿原の中央を右に左にと気ままに艶やかに身をくねらせながら、奥へ奥へと続いている。踏み入れば足がずぶずぶと沈み込む湿原の泥炭を避けて、獣道は川岸を離れることなく遥か湿原の端まで続いていく。
熊くん、この広大な湿原で、いったい何を求めて歩いているんだい。君の食料になるようなものは、このヨシやシゲだけが群生する大地には何も見あたらないのだが。もしかして、僕がまだ君の視点に立てないでいるだけなのか。できれば僕に色々と教えてくれないか。
湿原を埋め尽くすヨシが、もう夕日で赤く染まり始めた。テントに戻ろう。ここ数日の雨にもかかわらず今だ土に鋭く型どられている爪跡からして、君がここを通過したのは、今日か昨日か一昨日か。このベカンベウシ湿原の時間と空間をまだ僕と共有しているのだろうか。君の存在を感じながら、焚き火を起こし、星を見上げて、鶴の声を聞こう。
君は、川沿いの獣の道を、川下へと歩いて行った。僕は明日、君と同じ方向へ、川の道をカヌーで下る。もしかしたら出会うかもしれないな。その時はお互い「ヨウっ」てさりげない挨拶だけ交わして、気兼ねなく淡々と自分の仕事を続けよう。