こいつはもともと岸辺に生えていた木だ。台風のときなのか、それとも徐々になのかは分からないが、いずれにせよ根元の土を水流に削り取られて、川の中へと倒れ込んできたのである。ここは上流部なので、まだ川幅は五六メートルほどしかない。右岸から倒れた木は左岸にまで届き、ビーバーダムのように川を完全に塞いでいた。
できればカヌーから降りずに、どうにかして乗ったまま倒木の下をすり抜けたい。その方がはるかに楽である。岸にカヌーを上げて地上を迂回するのも、倒木の上にカヌーを持ち上げて上流から下流へと渡すのも、どちらも骨の折れる作業だ。しかし今回もすり抜ける隙間は見あたらなかった。
まずはカヌーから倒木に乗り移らなければならない。
あの太い幹には上がれそうだが、カヌーを横に着けることは出来ないな。あの枝は体重をかけたら折れそうだ。あの木はただ水に浮いているように見える。
どの場所からどのように乗り移れるものかと検討しながら、カヌーを右に左にと移動させて、倒木を端から端まで眺め渡す。
水に浮いているカヌーの上では当然のごとく立ち上がれない。ひっくり返ってしまう。それだけではない。水の流れに押されているので、バランスを崩すと水圧でもひっくり返る。倒木のほうも、体重をかければ、当たり前のように突然折れたり水の中に沈み込んだりする。不安定なカヌーから不安定な倒木へと、曲芸のように乗り移るのだから、よくよく検討もせずうかつに手足を動かすと、失敗して冷たい水へと落ち、流されてしまう。
右はしが一番楽そうに見えた。
無事に倒木へと乗り移れたので、こんどはカヌーを引っ張り上げる。
だが三週間分もの食料を積み込んだカヌーがやたらと重い。設計時に倒木越えなど想定されている訳がないので、持ち上げるために手をかける引っ掛かりもない。足を踏ん張らなければならないが、足場は水上の倒木なので、とても頼りない。
それでもカヌーをえいやっと引っ張ると、PVCのボディーが木に擦れてきゅーきゅーと音を立てながら、10センチほど引きずり上げることができた。だがカヌーが移動しても、僕自身は、それに合わせて安易に移動することができない。次の足場を探さなくてはならない。水中の倒木に右足を乗せてみた。だがぐっと沈み込んだ。危ない危ない。水に落ちそうになってヒヤッとするのは毎度のことである。
ものごとは最後の最後まで気が抜けないものであって、カヌーを下流側へと渡すことに成功しても、まだ一仕事残っている。倒木からカヌーに乗り移るのだ。
カヌーの座る場所は中央部後方寄りだ。そこを足元にたぐり寄せないと乗り込めない。ところがたいてい木が邪魔になる。となると掴んでいるカヌーの先端か後端に、むりやり座るしか手がない。そこは端っこだし、重心が高くなるし、そもそも座る場所ではないので一番不安定な位置だ。とにかくひっくり返らないように、慎重に、でも大胆に乗り移る。
乗り移ったならば、こんどはカヌーの上を芋虫のように這って、揺れないように、重心を上げないようにしながら、着座位置まで移動する。しかし慎重に、ゆっくりと這わなければならないのだが、カヌーはその間にも、コントロールを失った状態でどんどんと水に流されて行く。何かの障害物に引っ掛かってしまえば転覆する。
実際、まだカヌーに乗り始めて間もない頃、雪解けの釧路川を下っているときに、倒木に引っかかって、カヌーが水圧に負けて折れ曲がり、転覆したことがある。水圧というものは計り知れない力を持っていて、人間の筋力などではとても太刀打ちできないどころか、どんなに丈夫な物であってもたちどころに破壊する。その恐ろしさは、何度思い出しても身の毛がよだつほどだ。
この川は倒木だらけなので、たいてい次の障害物は見える範囲にあり、這っている間にもぐんぐんと迫ってくる。焦る。しかし慌ててはならない。慎重にバランスを取りながら移動しなければ、ひっくり返るのだ。だけれども素早くだ!
この映像の中では、座る場所を手元にたぐり寄せる事が出来たので、ずいぶんと楽をしている。
ぶじ座ってパドルを漕ぎ、コントロールを取り戻したら、ここで倒木越えの任務が完了する。ふぅ、やったねと、充実感に包まれる瞬間だ。
まるで自衛隊の訓練だな、と笑いながら思う。けれども、この毎回異なる難解なパズルを解く感覚と、緊張感が、倒木越えの醍醐味なのだ。数えればもう通算6シーズンも挑んでいる。
-----------------------------
2015年秋に、ベカンベウシ川の上流部をカヌーで下ったときの映像である。
ベカンベウシ川は、釧路湿原に次いで日本国内二番目の広さを誇るベカンベウシ湿原を流れ、厚岸湖へと注ぐ、北海道東部の川である。いまだ原始的な自然が残された流域はラムサール条約にて保護されており、絶滅危惧種である丹頂鶴、大白鳥、オジロワシなどの鳥類や、おなじく絶滅危惧種であり幻の魚と呼ばれているイトウや、そしてヒグマなど、無数の動植物が生息している。
またベカンベウシ川は、護岸工事がされておらず川ほんらいの自由気ままな蛇行を繰り返し、その流域には住宅や牧場や田畑はなく、また砂防ダムも存在せず(支流に一基あるが、それもイトウを保護する活動によりスリットが切られた)、もはや日本においては奇跡的に生き残った原始の川と言えよう。
撮影場所はここで
http://ufootprint.umiack.com/map/ebvjaq5vzq9486hv/?ll=8&ms=1&tr=n
見ることができる。
またこの川下り全体3週間弱の記録はここ
http://blog.ryotayamada.com/search/label/%E3%83%99%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%99%E3%82%A6%E3%82%B7%E5%B7%9D%E3%82%92%E6%BC%95%E3%81%90%202015%E5%B9%B4%E7%A7%8B%20Paddle%20in%20the%20Bekanbeushi%20River%20in%20autumn%202015
で読むことができる。
-----------------------------
-----------------------------
I pulled up and dragged my kayak over the fallen tree, strainer, laid down all over the river width. It was very tough work, because the kayak loading food for 3 weeks was so heavy. In addition, footholds of a fallen tree on the water that easily breaks in two or sinks were very unstable.
I thought it was like a military training. However, a feeling of solving difficult puzzles ever changing and a moderate tension are the real thrill of Bekanbeushi River.
-----------------------------
This is the movie taken when I kayaked solo in the Bekanbeushi River in Japan in the autumn of 2015.
The Bekanbeushi River meanders through the Bekanbeushi Marsh which is the second largest marsh in Japan protected by the Ramsar Convention.
The Bekanbeush River is the last river miraculously untouched in Japan. The movie was taken in a middle course of it. You can see the map of the filming point at here
http://ufootprint.umiack.com/map/ebvjaq5vzq9486hv/?ll=8&ms=1&tr=n
.
Moreover, you can see the entire record of this 3 weeks kayaking at
http://blog.ryotayamada.com/search/label/%E3%83%99%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%99%E3%82%A6%E3%82%B7%E5%B7%9D%E3%82%92%E6%BC%95%E3%81%90%202015%E5%B9%B4%E7%A7%8B%20Paddle%20in%20the%20Bekanbeushi%20River%20in%20autumn%202015
0 件のコメント:
コメントを投稿