ケネウィックマンの骨が発見されたまさにその場所からカヤックを漕ぎ出して、この遠征のスタート地点にしたいと思っていたが、雪解けで川の流れが強く、テントからそこまでカヤックで遡上することができず策に窮していた。しかし有難いことにフィルが手を貸してくれて、彼の大型バンにカヤックを積み込み、その場所まで運ぶことができた。
パドルを水に差し入れ、静かに漕ぎ出す。無風だった。雲が空を覆い、寒くもなく暑くもなく程好い天候だった。雁が小さな子供達を引き連れて、川岸の公園をのんびりと歩いていた。
二十分ほど川下へと漕ぐと、ケネウィックマンが発見された場所が見えてきた。その位置は一目瞭然だった。発掘作業の時に周囲五十メートルほどの林を伐採したのだが、後に若くて背丈が低く樹齢が揃った林が新たに成長して、その両側の林と明確な違いを見せているのである。川岸に近づいてみれば、土地を所有するアメリカ陸軍工兵隊が、発掘現場を覆い隠すためにヘリコプターから撒き敷き詰めた大きさのそろった石が、水底にまで広がっていた。規則的な間隔で打ち込まれた木の杭が、川底へと続く緩やかな藪の斜面から飛び出していた。
ここから長い旅が始まる。そう思うと感無量になった。「今この場所から山田龍太の遠征が始まる!」と、大きな声で川に向かって叫んでみた。
道中パラパラと心地よい程度の雨が降ったものの、穏やかな川を何事もなくすんなりと漕ぎ、二時間ほどでテントへと帰り着いた。