午前六時に起きた。スパゲッティを食べ、テントをたたみ、難解な立体パズルを解くように頭を悩ませながら山程の装備と食料をカヌーへ詰め込む。終わってみれば、出発準備だけに五時間もかかっていた。午前十一時、遅い出発となったがコロンビア川へと漕ぎ出した。
穏やかな風が時折撫でるだけの水面は深緑色をした滑らかな広がりで、碧い空には雲の筋が交差して文様を織りなしている。太陽光は乾燥した大気中を乱されることなく通過して、世界を色鮮やかに浮き上がらせる。そして暑く、頻繁に水を口に含まないと日射病に罹りそうだった。川幅は三キロメートルにまで広がっていた。その中央を漕いでいると全周にわたり視界の彼方まで水に囲まれるので、カヤックにまで広がった体性感覚がおぼえる「体が水に浮く感触」が、水平方向へと果てしなく広がり、「宙に浮く感触」へと変化していく。
川はコロンビア渓谷へと入って行く。乾燥した広漠な大地に、まるで彫刻刀で深々と溝を掘ったように渓谷が走る。景観は一変して、川幅は一・五キロメートルほどに狭まり、壮大な岩壁が両岸に延々とそびえ立つ。「これが北アメリカの大地なのか……」と、地球のエネルギーが生み出す雄大で美麗なる彫刻に心踊らされた。
旅のペース配分としては午後三時頃までには上陸したかったのだが、僕とフィルで目星を付けていた二か所共にテントを張ることができず、探しながら下流へと漕いでやっとのこと線路脇の空き地を見つけた時には、すでに午後七時半を回っていた。七時間カヤックに乗り続けて二十六キロメートル進んだ。クタクタに疲れていた。
四重連のディーゼル機関車が牽引する数キロメートルにも及ぶ貨物列車が、夜中にテントの傍らを通過する。激しく大地が揺れ、轟音が渦巻き、地獄のようなありさまだった。だが驚かされながらもその迫力は好きだった。