ライターで鉄を炙っても、ガスバーナーで炙ってみても、ましてや鉄筋コンクリートの家が火事で焼けてしまっても、鉄は燃え上がることはなく、せいぜい赤熱して柔らかくなりゆっくり変形するだけである。そもそももし鉄が燃えるのであれば、鉄鍋を火鉢にかけて汁を作ることもできず、火箸も蒸気機関車も焼却炉もまったく使いものにならない。ところがこの鉄が燃えるという現象は、普段の生活においてかなり身近な存在であったりする。寒い冬に重宝する使い捨てカイロが、鉄の燃焼を利用して発熱しているのだ。急激に燃焼することなくじわじわと反応するように鉄を含んだ成分が調合されており、人肌より少しだけ高い温度を長い時間持続する。
さてそれでは、早速鉄を燃やしてみよう。しかしいくら長時間、それこそ丸一日、鉄をコンロで炙ってみても一向に火はつかない。いったいどうすれば良いのか。そこでまず、非常に燃やしにくい鉄ではなく、木を燃やす手段から考えてみる。キャンプ場で焚き火をするために買ってきた太い薪は、いくらライターで炙ったところでまったく火がつかないが、木を薄く削ったカンナ屑や木が原料の紙は、ライターでいとも簡単に火がつく。そう、薄くすれば火が付きやすくなるのである。すなわち立体から面にすれば良い。さらに火を付けやすくするにはどうすればよいか。今度は面から線に、すなわち細い糸状にすれば良い。ポケットに溜まった糸くず同様に、繊維状にした木はライターで炙らずとも火打石の火花だけで発火するだろう。これとまったく同じ原理を鉄にも応用すればよい。鉄を細い糸状に伸ばした台所の流しや鍋を掃除するスチールウールだったら、ライター1つで燃えるのである。
では、15グラムの鉄でご飯が何合炊けるのか。0.15合である。
ところで鉄が燃えるというのは、いったいどのような現象なのだろうか。一般的に物が燃えるといえば、燃やすものと空気中の酸素が結合して、熱と光が発生することをいう。上の図にある木や石炭、灯油、水素などの燃焼がそれにあたる。木が燃焼すれば、熱と光を出しながら空気中の酸素と結合して水と二酸化炭素へ変化し、空気中に発散して消えていく。灯油も同様に燃えて水と二酸化炭素になり、水素は燃えて水だけになる。鉄の場合は、熱と光を出しながら空気中の酸素と結合して酸化鉄、いわゆる錆となる。
さてもう一度上の図を見てみると、鉄から始まって水素までは、同じ酸素と結合する燃焼であるにもかかわらず炊けるご飯の量が大きく異なる。鉄が0.15合しか炊けないのに対して、水素は2.7合も炊ける。この差が発生するメカニズムはどのようなものだろうか。じつは意外と単純に考えることができる。スチールウールが燃えると、だいたい鉄の原子1個に対して酸素の原子が1.3個結合して熱を発生する。かたや水素が燃えると、水素の原子1個に対して酸素の原子が0.5個結合して熱を発生する。鉄原子は水素原子に対して3倍弱の酸素と結合するが56倍も重いので、同じ重量を燃やせば鉄原子は水素原子に対して1/20の酸素としか結合できない。だから鉄の発熱量は水素の発熱量に対して少なくご飯が炊ける量も少ないと考えても、だいたいあっている。
宇宙に存在する原子の中で水素原子が一番軽い。また、例え優れた技術で人工原子を合成したとしても、水素原子より軽い原子は作れない。軽ければ軽いほどより多くのご飯を炊けるので、水素が宇宙で一番多くご飯を炊ける、燃やす(酸化させる)燃料なのである。スペースシャトルの燃料に水素が使われているのも、このような理由だと考えておおきく間違ってはいない。