2018/03/01

カヤック遠征、こんなこともしました #11

カヤック遠征、こんなこともしました #11

===========

日本最後の原始の川、別寒辺牛川(べかんべうしがわ)。

別寒辺牛湿原をカヤックで縦断する。

なぜ僕がカヤックをやるのか。

じつはカヤックという道具が好きなわけじゃない。べつに乗り物は何でも良いし、徒歩でもまったくかまわない。

ではなぜ?

何処の自然へと足を向けてみても、山道は人の踏み固めた道。確かに自然豊かなのではあるが、やはり周囲の動植物は人間の影響を受けている。ところがカヤックが進む道は川の道。本来の自然そのままの姿だ。

たとえばこの別寒辺牛湿原。川の道以外には、湿原のど真ん中へと入って行ける道はない。



川の道は自然の奥深くへと入って行ける唯一の道なのだ。

植物が長い年月をかけてゆっくりと育てあげた湿原。昔は関東平野一面も多くの湿原で覆われていたのであろう。

生命の湿原をカサカサと鳴らしながら風が通り抜けていく。丹頂鶴の鳴き声が広い空へと響き渡る。

カヤック遠征、こんなこともしました #10

カヤック遠征、こんなこともしました #10

===========

日本最後の原始の川、別寒辺牛川(べかんべうしがわ)。

肉を食らう。魚を食らう。山菜を食らう。貝を食らう。

Y字になった枝を二本拾い、支柱とする。肉塊に突き通す枝は、燃えないように生木を使う。塩コショウを擦り込み、一時間ほどグルグルと回しながら焼くのだ。


魚は枝に通し、焚火を取り囲むように地面へ刺して、遠火でじっくりと2~3時間焼く。


焚火で焼く肉や魚は、はんぱなく旨いのだ。炎、遠赤外線、煙での燻しと香り付け。

岸辺にいくらでも生えているニラのような行者ニンニクは、これまた格別。行者ニンニクラーメンでも作るかと鍋で煮始めれば、20~30メートル離れていても分かるほどに、林の中に香りが広がる。生で食べても、ジンギスカンにしても、チャーハンにしても、何にしても最高な、これを食べに行くだけでも価値がある山菜だ。


失われつつある川真珠貝も食べてみる。美味しくはない。無味無臭。でも昔は貴重なたんぱく源であったのだと思う。身をもってその大切な命を体験する。

2018/02/25

カヤック遠征、こんなこともしました #9

カヤック遠征、こんなこともしました #9

映像に映っているのは、僕ではなくてパートナーです。

===========

日本最後の原始の川、別寒辺牛川(べかんべうしがわ)。

別寒辺牛とはアイヌ語で、菱の実の成る所。


カヌーガイド本に載っている日本のあちらこちらの川を下ってみた。最初のうちは楽しかったが、そのうち何かが違うと感じ始める。そう、たとえ深い山々に囲まれた四国の四万十川を下ってみても、川の周りには道路があり鉄道があり畑があり民家があり、そして護岸されていた。

生きている川を下りたい。

衛星写真を見始めた。日本の何処かに手付かずの川はないだろうか。数日以上かけて下れる、源流から河口まで自然のままの姿を保った川が。

ところがいくら探しても見つからない。北海道でも見つからない。

唖然とした。初めて知った事実。日本の川はみな、人の手が入っている。

それでも諦めずに隈なく探していたら、北海道の東に別寒辺牛川を発見した。衛星写真には道路も鉄道も畑も牧場も民家も写っていなかった。カヌーで下れるような川なのかどうか、写真からは見分けがつかないが、源流近くに国道のアーチ橋が架かっているから、ここからアプローチできそうである。面白そうだ!

それがこの川との出会いであった。

この川は、生きている川。自由気ままに岸を削り、刻一刻とその姿を変えながら、くねくねと、180度ターンどころか270度ターンを右に左に繰り返しながら、蛇よりも深く、うねり流れている。動き回る川の残像として、三日月湖があちらこちらに置き去られている。

岸に生えた樹木は根こそぎ水に削り取られ、川へと倒れ込み、至る所で流れを塞いでいる。カヌーで川を下れば、1日に10回は、倒木の上にカヌーを引きずり上げて超えるか、倒木の下を潜らせて超えなければならない。

水中にはイトウが住み、水底には川真珠貝が群れ、岸には谷内坊主が生え行者ニンニクが群生し、丹頂鶴が巣を作り、熊鹿狸狐が歩き回る。

カヌーからの視線は低い。川に息づく生命と同じ視線になれる。岸から見下ろせば僅かな護岸であっても、小さな生命が移動する道は閉ざされてしまう。この日本最後の原始の川は、水中も川岸も、まさにここから生命が生まれた、命溢れる泉である。

2018/02/23

カヤック遠征、こんなこともしました #8

カヤック遠征、こんなこともしました #8

===========================================

アメリカのピュージェット湾を単独で縦断した時の話です。

早朝の海。風がなく、海は一枚の大きな鏡となって空を映します。世界の上半分は青い空、そして世界の下半分は青い空を映した青い海。青い上半分の天球と、青い下半分の天球。僕はカヤックに乗り、体で浮遊感を感じています。青い空間の中に僕が浮いている。青い深宇宙をカヤックで航行しています。

その青い宇宙が、朝焼けのピンクでほんのりと染まりました。


2018/02/22

カヤック遠征、こんなこともしました #7

カヤック遠征、こんなこともしました #7

===========================================

アメリカのコロンビア川を、単独で下った時の話です。

これが典型的なコロンビア川の眺望です。両岸にそびえたつ崖は100メートル以上。平らな大地を川の流れが深くえぐり取ったのです。アメリカ映画によく出てくる、グランドキャニオンのような、典型的なストンと切り落ちた崖が、何処までも永遠と続きます。数時間この景観が、というのではなく、来る日も来る日もこの景観が続くのです。



そんなに何日も同じ景色が続くのでは、退屈してしまうのでは、と心配されるかもしれませんが、ご安心ください。人間が造形した田畑と違って、同じように見えても自然の造形は同じパターンを繰り返しません。ただただ聳え立つ壁の彫刻に見惚れていれば、いつの間にか海へと流れ出ています。


その日の目的地に辿り着いたら、僕のことを撮影してくれていたキャリーが、成功を祝うためにコロナビールを用意してくれていました。うまかった!


カヤック遠征、こんなこともしました #6

カヤック遠征、こんなこともしました #6

===========================================

アメリカのコロンビア川を、単独で下った時の話です。

シーカヤックに帆を付ける。基本的にはヨットの帆と同じ構造を持ち、小型化したものだ。



船の帆といえば、台風の中で広げる傘のように、風を受けて風が進む方向に引っ張ってもらう、というイメージが強いかもしれない。ところがどっこい、イメージを思い浮かべにくいだろうが、なんと風が吹いてくる方向にも進むことができるのである。帆は飛行機の翼と力学的に同じものであり、そこのところを理解していないと、船の操り方が分からない。

実は、カナダの工場で直接カヤックと帆を買い、そのままアメリカのコロンビア川へと移動して、初めて帆を使うまで、まったくヨットの知識がなかった。出発地へと着いてから、本屋でヨット入門を探して読んだのである。扱いはやはり難しく、またヨットのように洗練されてはいないので、自分なりの工夫がいくらでも必要だ。

この動画は、海から吹く向かい風に逆らって下流へと航行している。さて、その速度はどうかというと、風に向かって走っているときは、実は漕いだ方が早かったりする。そして良い風が横や後ろから吹いているときは、速度が出すぎて舵のコントロールが効かなる。


万能ではない。時には役に立たず、いや多くのカヤックシーンでは役に立たず、でも条件さえ整えば素晴らしい能力を発揮できる、危険で面白いじゃじゃ馬だ。

2018/02/21

カヤック遠征、こんなこともしました #5

カヤック遠征、こんなこともしました #5

===========================================

アメリカのコロンビア川を、単独で下った時の話です。

コロンビア川は風の名所。アメリカ大陸の太平洋側にそそり立つ4000メートル級の山脈に遮られた太平洋からの風は、コロンビア川が切り欠いた谷に集中して吹き抜けます。だから常に川下側から強風が吹き荒れる。

この場所でも三日間、風がおとなしくなるのをテントの中で待ち続けました。それでも出発してみると、水は上流から下流へと流れているにも関わらず、風に負けてまったく下流へと進めない。



引き返してテントに戻りました。