2015/10/30

川旅を終えて

 両足の指の痛みが取れない。軽い一度弱の凍傷だろう。子供がちょっと手を出して痛い経験をする、限度を見極めるためのいい学習になったと思っている。
 どかた用の厚手の靴下を履いていたが、それでは氷点下五度(これはたまたま見たときに温度計がさしていた温度だが、実際の最低気温はどれほどであったのだろうか。データを取るために冬山で使えるような最低気温計を見つけたい)では役不足であった。今回は装備を切り詰めて代わりに三週間分の食料を運ぶという試みをしていたので、寝袋はダウン量が少ない方を、白金カイロは持って行かなかった(寝袋の中で臭う、その臭いのもとである揮発成分が身体に良いとはあまり思えない、発熱する際に水分を出すから寝袋がそのぶん湿る、燃料のベンジンを航空機で運べない、使用済みの白金懐炉も航空機で運べないという課題を抱えているのだが)。
 ダウンのソックスを高価だが買う必要がありそうだ。
 それに冬山のプロに教えを請うた方がよさそうだ。カヌーであってエベレストに登るわけではないから、いままではどかた用品、カヌー用品、登山用品を混ぜて使い、高価な登山用品はなるべく避ける方向でいたのだが。

 ちなみに漕いでいるときのいでたちは以下だ。
 防水透湿素材の釣り用ウェーダー(胸まであるブーツ付き吊りズボン)。水産加工用の丈夫な耐寒グローブ(倒木越えの際に、倒木を折ったり引き抜いたりとかなり手荒な作業をする)。
 この二つはベカンベウシ川の倒木越え仕様であって、カヌーとしても僕だけの特殊な格好だ。
 スポーツ用のサングラス(倒木越えの際、しょっちゅうしなった枝に顔を打たれるので、目の保護に必要)。帽子(倒木の下を潜るときには頭を擦るし、やはり枝で打たれるのでこれも必要)。ライフジャケット。BOMBERというカヌーウェアメーカーのフリース上下(もこもことしたものではなく密度の濃いストレッチするフリース。なんと呼ぶのだろうか)。モンベルの防水透湿アウター。

 発芽玄米を主食にするのはまあまあうまくいったようだ。発芽玄米は栄養がありそうだという思いこみも影響しているはずだが、マルチビタミンを飲まなくても「野菜を食べたい!」という身体の欲求は出てこなかった。アルファ米に比べて15パーセント重いだけだし、炊くのに燃料を消費するが焚き火でも焦がさずにうまく炊けたし、カヌー旅にはよいのでは。

 旅の最中に文章を書く意味はまだよく分かっていないものの、現場での特殊な精神状態で書かれたものは、それが終わってから思い出して書くのとはまた違うはずだから、それなりの意味があるのだろうと思っている。まあ自然の中と人間社会の中とで、どちらを特殊なのだという議論の余地は大いにあるが。読む方も、たとえ意味を読み取るのが難しくてもそれなりに面白いのでは。あとで自分で読み返すのは怖いけれど。これも時代に合わせた試みだろう。そもそもブログやFacebook自体も試みだ。
 ブログとFacebookに投稿する仕組みは(電源がない環境では通常通りにブログやFacebookにアクセスしていられない)、自作のWebサーバーにまだバグがあり、同じ内容を何回も投稿してしまうなどの問題があった。スマホから文章と写真をそのWebサーバーにメールで送ることも、携帯電話網の電波がとても弱く、また電源は電池だけという環境では課題が多かった。もっとも、さらに人里離れたカナダやアラスカでは衛星携帯電話しか使えず、高価なので手が出せないが。

 ポメラというキーボード付きの文字入力デバイスは、初めて試したが、これなしでは文章を書けなかった。乾電池で動くからである。しばしばフリーズしたが(開発は他社に依頼しているので、まあ仕方がないだろう)、それでも電池を入れ直せば使える。

 今回は秋のベカンベウシ川という、早春に負けず劣らず素晴らしい体験をした。さらに、二月の初旬には人が歩けるほどに川が完全凍結するので(ここのところの異常気象で毎年どうなるかは予想がつきにくいが)、クロスカントリースキーを履いて凍り付いた湿原の川を歩くのも素晴らしいはずだ。


2015/10/28

川旅の終り


man現在地と移動軌跡の地図を表示

 ベカンベウシ川は厚岸湖に流れ込んでいる。牡蛎の養殖で有名な汽水湖だ。その厚岸湖を漕ぎ渡って厚岸町の市街地に上陸しようとしたが、真っ向から吹く強風にあおられて、力一杯漕いでもカヌーが一メートルも進まない。水中にパドルの水掻きを差し込むと反対側の水掻きは宙に浮くが、そいつが風を受けて風圧で体ごと持っていかれ、バランスを取らないとひっくり返りそうになる。白鳥は飛び立って移動することができずにいた。 
 この風は僕が一昨日に初雪と強風をくらった低気圧の振り戻しだ。最大風速は15メートル毎秒を観測しているらしい。この風速はここら辺りでは普通かと学芸員の渋谷さんに訪ねたら、やはり異常な気象だとのこと。気温にしても、二日前にはマイナス五度の中で寝ていたのに、昨夜は十度を超えて暖かかった。
 風が止むのを待っていると食料が尽きてしまう。すでにベカンベウシ川の河口に来ていて川下りとしては終了しているので、今回もここで終えることにした。
 最後はこの言葉で締めくくりたいと思う。どこかで吠え続けている仲間のために。
 アシがなびく
 僕の遠吠えは湿原の強い風に霧散する
 それでも僕は吠え続けるのだ


2015/10/27

菱の実








 ベカンベウシ川の中流と下流域はラムサール条約の湿地となっており、今日はその下流域を下った。
 百羽以上で群れていた白鳥が、僕のカヌーが二百メートルほどまで近づくと、バタバタバタと大きな音をたてながら翼の端で水面を叩き、一斉に空へと舞い上がった。体の大きな白鳥が群れて飛び立つ姿は圧巻で、もう何かを考える余裕を持たせてはくれず口をぽかんと開けるようにただただ見入るしかなかった。くぉくぉくぉっと鳴き交わす声が湿地全体に広がる。水面には白い羽毛が無数に浮き散らばっていた。僕のカヌーの中にもいつのまにか真っ白な羽が一枚、出会いのプレゼントのように舞い落ちていた。
 厚岸町立水鳥観察館はベカンベウシ川沿いにあり、カヌーで直接訪問することが出来る。学芸員の渋谷さんに挨拶するためと、今夜はそこでテントを張らせてもらうために上陸した。
 ベカンベウシとはアイヌ語で「菱の実があるところ」という意味であるが、今回下った際に探してみたものの見つからない。渋谷さんに聞いてみたら、じつは地元の人もいままで菱の実を見たことがなかったそうだが、去年ベカンベウシ川の支流であるフッポシ川で渋谷さんが菱を一株見つけ、今年はその場所に群生していたそうだ。実物を見せてもらったが、なるほど確かにマキビシであって、踏むと痛そうである。ちなみに時期的にはもう遅くて、九月の半ば頃に実を付けるらしい。
 
 僕が一昨日体験した暴風は、どうやら大きな低気圧が北海道を襲っていたらしい。ベカンベウシ川に入ろうとしていた日にも台風がかすめたし、北海道の気候がだいぶ変わってきているとのこと。さらに地上よりも海水温の方が温暖化の影響を強く受けていて、海表面で二度ほどはあがっていて、中層ではもっと温度が上がっているそうだ。なので地上の動植物よりも魚の生態に影響が深刻で、温度が上がったため放流した鮭が北海道まで戻ってこないらしい。昔は冗談混じりに、青森の大間のマグロがそのうち北海道にやってくると話していたらしいが、今は本当にくるそうだ。鰯もまるまると太ったやつが穫れるとか。
 昨夜まではテントの中で丹頂鶴の鳴き声を楽しんでいたが、今夜は白鳥が鳴き交わす音が聞こえる。今夜もよい夜になりそうだ。狸の来客はなさそうだが、ついさきほど鹿がやってきた。


2015/10/26

湿原の風









 今朝はうっすらと積もった雪景色が朝日に映えて美しい。澄んだ氷のような一日が始まった。
 しかし気温は低い。朝食後の食器洗いは、凍り付かせてしまった手袋とスポンジでする羽目になってしまった。

 昨日に比べれば風が弱くなっていた。吹き曝しだからある程度の風は吹くものだし、食料も少なくなってきているからなと判断して、今日は下ることにした。
 なんど漕いでも湿原は素晴らしい。突風にカヌーがあおられて、ひっくり返らないようにバランスを取らなければならないこともあったが、ざざざざざと強い風にアシがざわめき渡る湿原もまた魅力的で、何かが僕を強烈に引き付けていた。
 
 アシがなびく。僕の遠吠えは湿原の強い風に霧散する。それでも僕は吠え続けるのだ。


Bekanbeushi Marsh in autumn 2015 second paddle ベカンベウシ湿原 2015年秋 二回目


 撮影日の前日となる10月25日は、前線を伴って急速に発達した低気圧の影響により、暴風が吹き荒れ、雹と初雪が降った。僕は丸一日、風でばたばたと暴れ、またひしゃげるテントの中で、嵐が過ぎ去るのをじっと待ち続けた。夜の気温は氷点下五度ぐらいまで下がっていただろう。
 枯れたアシが腐敗せずに堆積したのが低層湿原だ。丘や谷などの起伏がない、海のように完璧に水平な大地が、どこまでも広がっている。草丈が二メートル弱のアシだけが群生し、樹木は生えていない。風の抵抗となるものが一切ない、究極の吹きさらしである。なのでことさら強い風が吹く。
 その前日に比べれば風が弱くなったので、僕はその日カヌーを漕ぎ始めたのだが、それでも水面を風が走り、アシがなびき、カヌーが流されているのを動画から見て取れるだろう。
 穏やかなアシの原も素敵だが、また風吹き荒ぶアシの原というのも魅力的な世界で、何かが強烈に僕を引きつける。風と、水と、白い雲と、青空と、冬枯れのアシと、ざざざざざと風に暴れるアシの音と、ごうごうと唸る風の音。それだけが世界に存在する全てとなる。どこまで漕いでもどこまで漕いでも。そうなると時間の流れも空間の広がりももはや意味を失って、まるで異次元の世界なのである。

 2015年秋に、ベカンベウシ湿原を蛇行するベカンベウシ川をカヌーで下ったときの映像である。
 ベカンベウシ川は、釧路湿原に次いで日本国内二番目の広さを誇るベカンベウシ湿原を流れ、厚岸湖へと注ぐ、北海道東部の川である。いまだ原始的な自然が残された流域はラムサール条約にて保護されており、絶滅危惧種である丹頂鶴、大白鳥、オジロワシなどの鳥類や、おなじく絶滅危惧種であり幻の魚と呼ばれているイトウや、そしてヒグマなど、無数の動植物が生息している。
 またベカンベウシ川は、護岸工事がされておらず川ほんらいの自由気ままな蛇行を繰り返し、その流域には住宅や牧場や田畑はなく、また砂防ダムも存在せず(支流に一基あるが、それもイトウを保護する活動によりスリットが切られた)、もはや日本においては奇跡的に生き残った原始の川と言えよう。
 ベカンベウシ川の中流域にはヨシが群生する広大な低層湿原が広がっており、映像はそこをカヌーで下りながら撮影された。撮影ルートはここで
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zNmcEcuYNxq8.k0H3yxgcT6QE&usp=sharing
見ることができる。湿原を二つの異なる視点、空からの視点で撮影した航空写真と、川の水面からの視点で撮影した動画から眺めるのが面白い。
 またこの川下り全体3週間弱の記録はここ
http://blog.ryotayamada.com/search/label/%E3%83%99%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%99%E3%82%A6%E3%82%B7%E5%B7%9D%E3%82%92%E6%BC%95%E3%81%90%202015%E5%B9%B4%E7%A7%8B%20Paddle%20in%20the%20Bekanbeushi%20River%20in%20autumn%202015
で読むことができる。

 This is the movie taken when I kayaked solo in the Bekanbeushi River meandering through the Bekanbeushi Marsh in Japan in the autumn of 2015.
 The Bekanbeushi Marsh is the second largest marsh in Japan protected by the Ramsar Convention.
 The Bekanbeush River is the last river miraculously untouched in Japan.The river has the low moor reed grows gregariously in its middle course and the movie was taken in there. You can see the map of the filiming course at here
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zNmcEcuYNxq8.k0H3yxgcT6QE&usp=sharing
. And also you can see the entire record of this 3 weeks kayaking at
http://blog.ryotayamada.com/search/label/%E3%83%99%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%99%E3%82%A6%E3%82%B7%E5%B7%9D%E3%82%92%E6%BC%95%E3%81%90%202015%E5%B9%B4%E7%A7%8B%20Paddle%20in%20the%20Bekanbeushi%20River%20in%20autumn%202015


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2015/10/25

猛烈な風


 空が唸りを上げている。猛烈な風が吹き荒れている。昨夜から吹き始め、太陽が昇って日の光が射すようになっても、いっこうに収まる気配がない。

 広大なアシの湿原がここから始まるという場所に、テントを張っている。アシの湿原は、完璧な水平面がどこまでも広がり、風の抵抗となるものが一切存在しない、究極の吹きさらしだ。だからことさら強い風が吹くのであろう。
 空には、どこから鳴っているのかはっきりせず方向感のない、ごく低音のおうおうおうという音が、ほとんど変化することなく轟いている。
 そして方向と距離感を伴ったごうごうごうという音が、離れた場所から聞こえ始める。そいつは風の道という形を持っている。風の道は龍のようにうねりながら、だんだんとこちらに近づいてくる。具体的な形を持っているものだから、実体をもった恐怖として襲いかかってくる。どんどん音は大きくなり、そして広がり、ついに風の道に飲み込まれると、もう地獄のような騒ぎとなる。ごうごうごうという音と、暴れるテントの壁に映し出された荒れ狂う嵐の映像が、あたり一面をぐるぐると渦巻くのだ。テントはばたばたと暴れ、ひしゃげて寝袋に覆い被さってくる。

 こんな日は丹頂鶴は森の中へと避難しているのだろうか。鳴き声は聞こえてこない。僕はテントの中でじっと待つとしよう。

 夕方になり雹が降った。
 丸一日、冷たい風が吹き荒れ、日が射し、雨が降り、雹が降る荒れた天気だった。

 日が沈み、雪が降り始めた。初雪だ。
 こんな夜は、動物達もまったく物音をたてずにじっとしている。風の音だけが渦巻いている。


2015/10/24

遡上



 待ちに待っていた太陽が昇った。十三時間も何もせず寝袋にくるまっていたのだ。

 右岸にリスのような体つきで、それよりも四倍ぐらいの大きさの真っ黒い動物が一匹現れた。ミンクだ。
 今回は単独行なのでいつも先頭だ。なのでなおさら動物に出くわすことが多い。パドルを漕いで前進しているときは水音をたてるが、川の流れにまかせてパドルはただ舵を操るだけにしていると、ほとんど物音をたてることがない。なので水辺の動物を観察するにはうってつけの手段だろう。

 人生は川の流れそのものだと思う。人生は大きく蛇行しながら流れる。流れる場所は地形や樹木しだいだ。想像してした、あるいは想像している場所には、水が流れることはないだろう。私という存在が唯一できることは、川の流れを恐れずに飛び込んで、流れの先で展開する想像だにしなかった出来事を、しっかりとその目を開いて見つめ、オールで舵を取ることだけだ。そして川とは何かを理解するのだ。そのときはじめて創造という海へ流れ出る。

 昨日下った湿原を、今日は川の流れに逆らって遡上してみた。マスの気分である。流れは速く、日は短く、雨は降るわで、チョコレートをエネルギー源に休む暇なく漕ぎ続けた。

 ベカンベウシにくると毎回野営をするお気に入りの場所に、今回もテントを張った。湿原を望み、テントを張りやすい少し開けた草地がある、夕日にベカンベウシ川が映える素敵な場所だ。
 雨上がりなので蛙の来客が多い。二三センチの小さな茶色い蛙が、入れてくれと言わんばかりに、テントの出入り口の布に三匹も昇ってきた。別の場所に放そうと捕まえると、手の平の上で大人しくしている。

 ここでも川エビが穫れる。川岸の水が淀んでいる場所に集まっている。炊いたご飯を餌として沈めておくと、さらに集まってくる。三四十匹は穫れただろう。

 面白いことに湿原の土には石ころがない。テントを張るときにペグ代わりにした長い鉄串が、何本さしても根本まですっと土に入るのだ。堆積したアシが土になったのが湿原なのだということを、机上で学ぶだけではなく、本当にいま体験しているのだ。