2024/09/09

吉田松陰

文通

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『いま気付いたことがあります。あの時歩きながら色々気付いたのと同じですね。

世界はお互いに干渉しながらの存在です。日本は明治維新で世界から影響を受けて変わり、世界に影響を与え、そして自分達の文化をまた見失ったところは皆自覚しているところでしょう。

我々は自分達が培ってきた、何もないボロ小屋の中で静かにただ座り、自分自身の内面の旅をする意味を忘れているのかもしれません。人間は進化実験の最先端であり、認識を認識する動物。静かに座って己の認識を認識することにより、大脳新皮質はネットワークの複雑さとエネルギー効率を増していく。

世界を動かしているメカニズム、世界の本質は、それを認識する力があってこそ見えるもの。

内省という内なる旅は環境に依存せず、己の身一つありただ座れれば良い。吉田松陰にとっては、世界と己の旅を続けるにあたって、街を歩いていても、塾で教えていても、そして自ら牢獄で囚われの身になっていても、どの環境に身を置いていたとしても同じことであったのでしょう。

他の先達も同じであったことでしょう。

外の世界を歩くにも内の世界を歩くにも、そこはただの荒野。どちらに進むべきかも、登っているのか下っているのかも分からない。景色も自分自身も、進めば進むほど全く別ものに、想像など及ばないものへと変わっていく。別の世界へ踏み入るのを、自分が別の存在となることを、本能的に恐れて歩みを止めるか、人という種であることを自覚して自ら進んでいくか。

我々の世界観は限界を持つ肉体と異なり何処までも広げられる。』

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