「山行かない?」
「いいねー。どこ?大佐飛山?男鹿岳?知らないけど、行こう行こう!」
トモさんからの電話に即答しちゃったのだよ。ド変態コースが待ち受けてるとも知らずに。
栃木県の最難関と言われている、登山道がなくこの残雪期の僅かな期間しかトライできない、知る人ぞ知る大佐飛山。そいつの山頂にテントを設営して一泊し、さらにその奥の男鹿岳へ向かうと言う。ガイド仲間にもドMだねと言われたとか、おいおい……。トモ、コム、オジーの山岳ガイド3人に混じって、泣きべそをかきながら必死に着いていく俺なのであった。
アイゼンを履き、いくつもいくつも山を超えながら、雪に覆われた2,000メートル弱の稜線を黙々と歩いていく。長い……。2日間歩き続きてぎり下山の計算。背中のキャンプ道具、重いのねん。麓ではカタクリの花が咲く春なので、稜線には雪が溶け剥き出しなった藪があちらこちらにあるのだが、アイゼンを付けたり外したりが時間ロスなので、履いたままの藪漕ぎ命令が隊長から飛ばされる。雪を噛むはずの12本の鋭い歯でグサグサと草木を串刺し、引っ掛かり、ヨタヨタとよろめく。さらにさらに今夜は風速23メートル越えの予報が出ているのだが、稜線でテントを張る予定だという。隊長は別の生物かと思うほどのスーパーガイドなのでその判断に間違いはないのだが、ああ、それでもオイラの命はどうなるの……。きっとこれは革命防衛軍の訓練なのだろう。きっと何かの間違いなのである。
ところがこの最果ての地に待っていたのは、桃源郷。夢を見ているのでなければ、桃源郷。今までに見たことのない、白く輝く雪の波つらなる稜線が、しなやかな弧を描いて真っ青な空へと延びていた!覚悟を決め、俗世を捨て、自らの足に鞭撃たないと辿り着けない、かの地へようこそ旅人君、遠路はるばるいらっしゃい、と迎えられたのであった。