2012/05/15

ザ・ケネウィックマン・エクスペディション、44日目


冒険の計画段階ではまったく予想していなかったのだが、カヤックを漕ぎ辿り着いた先々の土地で出会った多くの人々が、僕に熱意のこもった支援の手を差し伸べてくれている。さらに彼らが直接に友人を紹介してくれるか、間接的に僕の話が伝わるなどして、新たな人々からの支援の手が、次の到着地点で待ってくれていることがある。支援の温かい気持ちが、人から人へ、遠く離れた土地まで僕がカヤックで移動するよりも早く伝わっている。そして新しい友達も、良くここまで来たなと迎えてくれて、時間も金も惜しまず僕を手伝い、無償の愛情を差し出してくれるのである。愛情そのものが嬉しいだけでなく、愛情は人から人へと伝搬していくのだということを、体験を通して知ることができたこともまた嬉しい。人力だけで移動しているから、いかに地球は大きいかということを身に染みて感じている。そしてまた、大きな地球の上をまるで隣近所のように愛情が伝搬していくさまを目の辺りにしている。いま、地球は大きくて小さい、と思える。人の体は、大きな地球の上で散り散りになって暮らしているが、人の心は、星の王子の小さな惑星で仲良く暮らせるのかもしれない。心に根差している愛情を掘り起こせば、国境の隔たりなく、隣人のように人の心は繋がれるのかもしれない。人類に射す希望の光が微かに見えたと思いたい。



まだケネウィックで出発準備をしていた時、ケネウィック港で知り合ったヨット乗りのフィルは、僕のためにコロンビア川の様々な情報を集めてくれた。そのことを切掛けにして、アウトドアショップを通して遠く離れた菅信行さん(ノブ)の所まで僕の話が伝わり、彼の方から何か手伝えることはないかと電話をかけていただき、そして僕の到着をここバンクーバーで待ってくれていた。フィルの愛情がノブに伝搬していったのである。そしてなんと初対面であるというのに、ノブと妻の律子さん(リッチャン)は、五泊六日ものあいだ僕を家に泊め面倒を見てくれた。

彼らはまず、ポートランド市街へ上陸できずにコロンビア川を彷徨っていた僕を苦労しながら探し周り、翌日にはポートランドからバンクーバーにある彼らの家までカヤックを運んでくれる。

ノブはからっとした気性で、アメリカに良く馴染む逞しい男だ。そしてリッチャンは美人で優しく、彼女が作ってくれる繊細な旨みを含んだ日本食はたまらなく美味しい。毎晩ノブが仕事から帰ってくると、食卓を囲んでその旨い夕食を楽しみ、そして覚えきれないほどに種類が豊富なアメリカの地ビールを飲み比べる。それだけでも贅沢なもてなしであるというのに、昼間はリッチャンが買い物に付き合ってくれたり、一日がかりでボネビルダムまで観光に連れて行ってくれたりと心温かい。そして可愛い娘のユウナや、わんぱくで元気な息子のアキヤと遊ぶ。おかげで、一ヶ月半に渡り小さなテントで暮らし続けた体が癒されてエネルギーがたっぷり注がれるとともに、食料や足りない機材を購入することができた。



そしてまた、ケネウィックで友人となったマットが、バンクーバーに住むバイク友達のデニスを紹介してくれて、デニス夫妻と夕食を共にすることができた。やはり愛情が伝搬していく。彼はたったの九日間でハワイを除くアメリカ全州をバイクで走破したという、想像しがたい強者である。アメリカの遊びはなんともスケールが大きくて魅了されるばかりである。彼らのおかげで素敵な時間を過ごすことができた。