2012/05/21

ザ・ケネウィックマン・エクスペディション、50日目


午前六時半に起きると、テントにぽつぽつと雨が当たる音がしていた。テント内にぶら下げた温度計は十七度をさしている。雨が降るなかでテントをたたみ出発すると色々なものを濡らしてしまうので少し面倒だ。

ベーグルをかじって朝食とした。

午前九時にカヤックを漕ぎだす。



薄暗い寒空の下、今日は一日中雨が降り続いて、軽い追い風も吹いていた。大河の上はまるで吹きさらしなので、風が絶え間なく体に当たり続ける。その風がジャケットの表生地に染み込んだ雨を蒸発させるので、気化熱が体の熱を奪い続けて、気温にかかわらずとても寒い。長いあいだ我慢していたが、上陸できる場所を見つけたのでカヤックからダウンジャケットを取り出して着込み、体は温かくなった。だが雨に当たりながら着替えたのでダウンを濡らしてしまう。

しかしながらも、コロンビア渓谷では突然襲ってくるかもしれない嵐を常に警戒していたのだが、ここでは冷たい雨と風を我慢するだけで済むのでまあ気楽なものだ。大河の上から雨に濡れた木々を眺めていると、水と生命の匂いに包まれて水上の揺り籠にいるようだ。またその自然美とはまったく対照的な、巨大なコンテナ貨物船の近寄るには怖れを感じるほどの迫力にも圧倒される。



夕刻が近づいてきたのでキャンプ地を探すものの、上陸した一か所目の浜は個人所有地と書かれた立て札があり、地主の家が見つからないので断念した。二か所目の浜では、地主と思われる家を訪ねるものの不在でここも断念。三か所目となる浜では、川を見下ろす二階建ての大きな家を訪ねると、家主のジョンが浜にテントを張ってもいいと優しい笑顔で快諾してくれた。午後六時四十分になっていた。九時間四十分漕ぎ続けて六十一キロメートル進んでいた。



安全で快適な寝床を提供してもらえた有り難味をしみじみとおぼえながら手入れが行き届いた芝生の上にテントを張り終えたころ、ジョンとリチャードが、僕とまだわずかな言葉しか交わしていないのにもかかわらず、「よかったら家に泊まらないか」とさらに優しい気持ちを投げかけてくれた。個人宅ではなくザ・ビラ・アット・リトルケープホーンという名の三部屋ある瀟洒なペンションだったのだが、なんと川を望める豪華な一部屋を僕にあてがってくれたのだ。温かい食事まで僕一人のために作ってくれる。服が汚れているだろうと洗濯もしてくれる。ここでも思いがけない歓待を受けて心を強く打たれた。

温かいシャワーを浴びれば冷え切った体が溶けていく。夜は大きなベッドでぐっすりと眠れる。二人の深い愛情が僕を包み込む。